「何度言っても、あの人は変わらない…」「なぜ、あんなに指導したのに、行動が改善されないのだろう?」
指導する立場にある方なら、一度はこのような悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。私たちはつい、「やる気がないからだ」「理解力がないからだ」と、相手の資質や意欲の問題に帰着させてしまいがちです。しかし、本当にそうでしょうか?
もしかしたら、相手の行動が変わらないのは、相手が「知らない」何かがあるからかもしれません。 本記事では、この「知らない」という見えない壁に焦点を当て、指導の際に相手の行動を効果的に変えるためのヒントを探っていきます。
1. 導入:なぜ指導しても行動が変わらないのか?
指導は、相手に望ましい行動を促すための重要なプロセスです。しかし、どれだけ熱意を持って指導しても、期待通りの変化が見られないことは少なくありません。この時、私たちはしばしば無力感や徒労感を覚えます。
多くの指導者は、行動が変わらない原因を、相手の「やる気」や「理解力」に求めがちです。もちろん、それらが影響することもあります。しかし、もう一歩踏み込んで考えてみましょう。もしかしたら、相手は「やりたくない」のではなく、「どうすればいいか知らない」のかもしれません。あるいは、「なぜそれをする必要があるのか」という根本的な理由を「知らない」のかもしれません。
この視点を持つことで、指導のアプローチは大きく変わります。本記事では、この「知らない」の正体を解き明かし、それを発見し、「わかる」に変えるための具体的な方法を提案します。
2. 「知らない」の正体:行動を阻む見えない壁
相手の行動を阻む「知らない」は、一見すると見えにくいものです。しかし、その内訳を紐解くと、いくつかのパターンに分類できます。
行動の前提となる「知識の欠如」
最も直接的な「知らない」は、行動に必要な知識そのものが欠けているケースです。
方法がわからない:
「この書類の提出手順は?」
「新しいシステムでどう操作すればいいの?」
具体的な手順やステップを知らないため、行動に移せない状態です。
理由がわからない:
「なぜこの作業が必要なの?」
「この行動がどんな結果をもたらすの?」
その行動がなぜ必要なのか、その行動がもたらすメリットやデメリット、あるいはリスクを知らないため、納得感を持って行動できない状態です。
背景がわからない:
「この業務が組織全体にどう影響するの?」
「他の部署との連携で何が重要になるの?」
自分の担当する業務が、より大きな組織の目標や他の業務とどう繋がっているのか、その全体像や背景を知らないため、行動の優先順位や重要性を正しく認識できないことがあります。
見えない「認知の歪み」や「思い込み」
知識の欠如だけでなく、相手の心の中にある「知らない」も行動を阻害します。これは、無意識のうちに形成された誤った認識や思い込みです。
誤った認識:
「以前はこうだったから、今回も同じだろう」
「あの人はいつもこうだから、私が言っても無駄だ」
過去の経験や断片的な情報から、事実とは異なる解釈や認識を持っている場合があります。これが、新しい情報や指導を受け入れない原因となることがあります。
自分に都合の良い解釈:
指導された内容を、無意識のうちに自分にとって都合の良いように解釈し、本来の意図とは異なる行動をとってしまうことがあります。
無意識のブレーキ:
「自分には無理だ」「これは私の仕事ではない」といった、行動を阻害するような固定観念や思い込みが、潜在的に行動を制限していることがあります。
「知らない」が招く「不安」や「抵抗」
「知らない」は、相手に不安や抵抗感を生み出し、それが行動へのブレーキとなることもあります。
新しい行動への不安:
「失敗したらどうしよう?」
「今までと違うやり方で、本当にうまくいくのか?」
変化への抵抗感や、未知の状況に対する不安が、行動を起こすことを躊躇させます。
「知らない」ことによる自信のなさ:
「どうすればいいか分からない」という状況は、自信を失わせ、行動への意欲を削いでしまいます。結果として、行動を起こすこと自体を避けるようになることがあります。
3. 「知らない」を発見するためのアプローチ
相手の行動を変えるためには、まずその根底にある「知らない」を特定することが不可欠です。そのためには、指導者側のアプローチを変える必要があります。
一方的な指導から「対話」へ
指導は、一方的に情報を伝えるだけでは不十分です。相手の「知らない」を引き出すためには、双方向の「対話」が鍵となります。
質問の重要性:
「この件について、どう考えていますか?」
「どこでつまづいていると感じますか?」
「具体的に、どこが難しいと感じますか?」
といったオープンな質問を通じて、相手の考え、状況、そして「知らない」部分を具体的に引き出します。相手に考えさせることで、自ら課題に気づくきっかけにもなります。
傾聴の姿勢:
相手が話している間は、途中で遮らず、最後まで耳を傾けましょう。表面的な言葉だけでなく、その裏にある感情や意図、そして言葉にならない「知らない」部分を汲み取ろうと努めることが重要です。
「できる」を分解する
複雑な行動は、相手にとって「知らない」部分が多すぎて、どこから手をつけていいか分からない状態になっていることがあります。
スモールステップでの指導:
大きな行動を細かく分解し、それぞれのステップで何が必要か、どこに「知らない」があるのかを特定します。例えば、「資料作成」という大きな目標を「情報収集」「構成案作成」「データ入力」「グラフ作成」「校正」といった具合に分解します。
具体的なフィードバック:
「これではダメだ」という抽象的なフィードバックではなく、「この部分のデータが不足している」「グラフの凡例が分かりにくい」など、「どこが、どうすれば良いか」を具体的に伝えましょう。これにより、相手は「何を」「どう改善すればいいか」を明確に「知る」ことができます。
視覚化・具体化の活用
言葉だけでは伝わりにくい内容も、視覚化や具体化によって「知らない」を解消できることがあります。
図やイラスト、実際の事例などを用いて、抽象的な内容を具体的に示す:
業務フローを図で示したり、成功事例や失敗事例を具体的に共有したりすることで、相手の理解を深めます。
ロールプレイングなどを通じて、実際に体験させる:
口頭での説明だけでなく、実際にその行動を体験させることで、頭で理解するだけでなく、体で覚えることができます。これにより、実践的な「知らない」をなくすことができます。
4. 「知らない」を「わかる」に変える指導のヒント
「知らない」が特定できた後は、それを「わかる」に変えるための効果的な指導が求められます。
「Why」から伝える
人間は、行動の理由や目的が明確であるほど、納得感を持って行動できます。
なぜその行動が必要なのか、その行動がもたらす良い結果を最初に伝える:
「この作業を丁寧に行うことで、顧客からの信頼が得られ、結果として次の契約に繋がるんだよ」
「この新しいシステムを使うことで、君たちの業務時間が月に数時間短縮できるんだ」
行動の「目的」や「意義」を伝えることで、相手は「やらされ感」ではなく「主体性」を持って行動に取り組むことができます。
「How」を具体的に示す
「なぜ」がわかっても、「どうすればいいか」がわからなければ行動はできません。
具体的な手順や方法を、相手のレベルに合わせて丁寧に伝える:
「まずはこのマニュアルの1ページ目から読んでみよう」
「このボタンをクリックして、次にこの項目に入力するんだ」
必要であれば、指導者自身が一緒に実践して見せることも効果的です。手本を示すことで、相手は具体的なイメージを掴みやすくなります。
成功体験を積ませる
小さな成功体験は、相手の自信を育み、次の行動への原動力となります。
スモールステップで設定した目標を達成させ、その成功を具体的に認める:
「よくやった!この部分、完璧だね!」
「前回よりも格段に早くなったね!」
成功を具体的に褒め、その努力を認めることで、相手は「自分にもできる」という自信を持ち、さらに意欲的に取り組むようになります。
継続的なサポートとフィードバック
一度の指導で全てが解決するわけではありません。行動変容は、継続的なプロセスです。
一度で終わらせず、定期的に進捗を確認し、必要に応じてサポートや追加のフィードバックを行う:
「その後、困っていることはない?」
「何か質問はある?」
定期的な対話の機会を設け、困っていることがないか確認し、必要であれば再度指導を行います。また、行動が改善された点があれば、それも具体的にフィードバックし、定着を促しましょう。
5. まとめ:相手の「知らない」に寄り添う指導で、行動は変わる
指導しても相手の行動が変わらない時、私たちはつい焦りや苛立ちを感じてしまいがちです。しかし、そこで立ち止まり、相手の心の中にある「知らない」に目を向けることこそが、行動変容を促すための第一歩となります。
「知らない」は、知識の欠如であったり、誤った認識であったり、あるいは不安や抵抗感という形をとることもあります。それらを見つけるためには、一方的な指導ではなく、質問と傾聴を通じた「対話」が不可欠です。そして、その「知らない」を特定できたら、「Why」と「How」を具体的に伝え、小さな「成功体験」を積ませ、継続的に「サポート」することで、「わかる」へと導くことができます。
相手の「知らない」に寄り添い、丁寧に向き合うこと。それは、単に相手の行動を変えるだけでなく、信頼関係を築き、相手の成長を支援することにも繋がります。
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